六道輪廻サバイバル日記別館

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ロックフェラー ・ロスチャイルド 資料

「核を売り捌いた男」ゴードン・コレーラ

ゴードン・コレーラ
「核を売り捌いた男」 


http://blog.goo.ne.jp/yamanooyaji0220/e/e3abfc24324b6a6c507fca7ba064fcbd?fm



http://img.hmv.co.jp/image/jacket/190/32/1/5/435.jpg



核を売り捌いた男

ー死のビジネス帝国を築いたドクター・カーンの真実






インド、パキスタン等の核兵器開発を影で支えた核技術・核物質の密売人とし て、国際的に悪名の高いアブドゥル・カディーン・カーン。



パキスタンの元大統領ムシャラフは、パキスタンの核兵器開発現場には、北朝鮮の技術者達が技術研 究に来ていたと証言しているが、現在の北朝鮮の核兵器開発の「母体」となったのが、まさにカーンであったと言える。



カーンが個人的に独 立して作り上げた核技術者と核物質密売人のネットワークが、パキスタン・北朝鮮に核兵器を作り出させたとする見方が、現在、「国際社会」の中で一般的であり、本書の著者コレーラもBBC放送の記者として、英国MI6の情報「操作」担当者として、そのような間違った見解を本書で流布している。



し かし、CIAと英国MI6、さらにイスラエルのモサドが細心に注意を払っている核兵器市場で、天才的な密売人「個人の営み」として、そのネットワークが核 兵器の密売を可能にさせる等というのは、



銃弾の飛び交うイラクの戦闘現場で「紛争の解決は、スーパーマンの個人の活躍に期待するしか無い」と大声で主張す るような、滑稽な認識でしか無い。



元々、CIA直結である諜報組織ISI(パキスタン三軍統合情報本部)を国家機関として持つパキスタ ンが、米国の意向抜きで核兵器開発が実行出来るはずがない。



また、パキスタンの核開発資金がCIA銀行と呼ばれるパキスタンの銀行BCCIから出資されていた事は、パキスタンの核兵器開発が影から米国の支援を受けていた事実を物語っている。



そして、ブッシュ大統領の経営していた企業アルブスト社の創立資金を出したのが、このBCCIである。大統領の経営企業とパキスタンの核兵器開発資金が「同一資金源から出ていた」。



カーンの行っている核兵器・核物質の密売を、

米国政府は全く知らなかったのであろうか?



米国政府とCIAの代表としてカーンの核兵器密売を監視する立場にあったのがジョセフ・ナイであった事が本書では語られている。



ナイは、核兵器の世界各地 への流布を「阻止しようという意志がありながら、結局、核兵器の世界全体への拡大を推進する」役割を果たした事が、本書では明らかにされている (p45)。



元々「バランス・オブ・パワー」論者であるナイは、ソ連(ロシア)の核兵器を抑止するために中国の核兵器を容認し、中国の 核兵器を抑止するためにインドの核武装を容認し、



インドの核兵器を抑止するためにパキスタンの核武装を容認し、さらにイスラエルの核兵器を抑止するために アラブ諸国へのパキスタンからの核兵器の拡散を容認するという、「核兵器密売人の商売を正当化するための理論」を構築してきた。



ナイは学者などではなくCIAの工作員であり、その弟子ズビグニュー・ブレジンスキーが、米国大統領オバマの政策ブレーンであって見れば、



「世界の政治を動かしている者が、マーク・リッチのような核兵器の密売人であり、ナイ、ブレジンスキーが、その表の世界での代理人である事が分かる」



つまり、カーンは単なる

「あやつり人形」にしか過ぎない。



事実、本書には、アフガニスタンがソ連(ロシア)の支配下に置かれていた時期に、アフガニスタンにソ連が核兵器を置く危険性をブレジンスキーが指摘し、



アフガンに対抗し「バランス・オブ・パワー」を作り出すためにパキスタンの核開発を米国が支援する必要性がある事をブレジンスキー自身が主張している様が記されている。



核兵器の世界各地への「分散」を、現在の米国大統領バラク・オバマの政策ブレーンが「強く主張」しているのだ。



さらに米国政府がパキスタンの核武装を容認する立場を取った際の米国国防長官(1989年当時)が、チェイニー元副大統領であり、パキスタンの核武装に反対する国防省職員を他の国防省職員とチェイニーが抑え込む様も語られている。



チェイニーのボスが国際的核兵器密売人のマーク・リッチであり、リッチがチェイニーの行動を「指示・指揮・監視」するために常時、副大統領チェイニーに付き添わせたのが副大統領主席補佐官ルイス・リビーであった。



リビーは、リッチの顧問弁護士である。



また、クリントン政権の国防長官ウィリアム・ペリーが、北朝鮮の核開発を黙認する様子も語られている(p152)。



兵器密売資金の融資専門銀行

デュロン・ リードの経営者ペリーである。



日本に米軍基地を常駐させ、米国の核兵器を常駐させる事を決定した日米安保条約の起草者ダグラス・デュロンの創立した銀行である。



そして中国に核ミサイル技術を

売却したデュロン社の社長ペリー。

幕末の黒船ペリーの末裔である。



中国を狙う米国核兵器を日本に置かせたデュロン。

日本を狙う核兵器を中国に売却したデュロン。




こうしてデュロン社の核兵器販売促進のために日本と中国、アジア人同士が核戦争で「滅びる」準備を「させられている」。



本書では、ベルギーのパキスタン大使館とベルギー在籍のフランス企業が、カーンの手足として核開発に必要な部品の調達を行っていた事実が語られているが(p39)、やはり国際的な核兵器密売人のボス、マーク・リッチの活動拠点で「取引が行われていた」。



またロシア原子力省MINATOMが、その核兵器開発を技術面で支援していた事も語られている。



イスラエル本籍のロシアンマフィア・リッチの母国である。

単なる技術者であるカーン個人がロシア政府を動かせるはずがない。



核の闇市場が、

こうしてパキスタンを拠点に形成されて行く。

なぜパキスタンであったのか。



「有事の際には親友のサウジアラビアを助けるために

駆け付ける国がパキスタン」である旨が本書では語られる。




つまり核開発の場としてパキスタンが選択された理由は、サウジアラビアを始めとしたアラブ諸国に核兵器を販売する販路開拓、営業事務所作りの意味があった、という事である。



アラブに強硬に対立するイスラエルが、核武装し、アラブへの軍事侵略を繰り返している事は、「アラブよ、核兵器を買ってくれ」というイスラエルを拠点とした核密売人達のCM活動である事が分かる。



なお補足的に、本書では、暗殺されたパキスタンの元首相ブット女史が、この核兵器密売のネットワークの代理人として、



リビアのカダフィ大佐、北朝鮮への核兵器密輸の

「商談」を行っていた事実が語られている。




この核密売のネットワークの「維持・隠蔽」のためにブットが口封じのため暗殺された事、この核密売ネットワークが「あやつり人形でしかないカーン」の引退とは関係なく現在も生きている事実を、それは物語っている(ブットはパキスタンの通常兵器も北朝鮮から輸入し、その輸入商談を行っていた)。





現在、世界の核兵器密売市場では、カーンは過去の人となり、その主役はウクライナのセギュオン・モギュレヴィッチ等に引き継がれ、トルコ、スーダン、ナイジェリア、アラブ首長国連邦、クウェート、ミャンマーの核武装が、極秘に着々と進みつつある。


如何に核不拡散条約が無意味であるか分かる。


◆ダボス会議


毎年スイスのダボスで開催される

世界経済フォーラムの年次総会。




選ばれた知識人やジャーナリスト、トップ経営者や国際的な政治指導者が一堂に会し、健康や環境等を含めた世界が直面する重大な問題について議論する場となっている。


さらに会議だけではなく、同フォーラムはさまざまな研究報告書を発表したり、メンバーたちが各業界に関連したイニシアティブに関わるなどの活動を行っている。


こうした世界のトップクラスが集まる国際会議には、特別なメンバーによる特別な会議が行われるのが常識である。


毎年、新年になると世界中の政府首脳、

財界トップが集まる世界経済フォーラム。


通称ダボス会議。


これは、世界の麻薬王マーク・リッチが「自分の地元」であるスイスのダボスに、世界各国の首脳・財務大臣を呼び付け、「今年の経済運営についての命令を行うために」始められたために、ダボス会議の別称が付けられている。


この会議の主催者は、麻薬マフィアであると同時に、国際核兵器密輸マフィアである、マーク・リッチである。


世界中の政府首脳、財界トップは、この世界最高の「権力者」である核兵器の密売人に「新年のアイサツ」に行き、「ごきげんを、うかがう」。


世界各国の首脳と財界トップを「生かすも殺すも」

この世界最高の権力者の意向次第である。


このダボス会議の終了後、マーク・リッチの指示を練り上げる一定の時間を経て、G8、G20等の財務相・蔵相会議が開かれる。


ダボス会議で出された「マーク・リッチの命令」を、先進各国の財務大臣が「政策実現のための細部を詰めた上で、そのまま追認し、実行に移す約束を行う」。


これは、世界が、麻薬マフィア、兵器密売商人によって

支配されている事実を明確に示している。


アメリカ政府・オバマ政権が、世界最大の麻薬生産地帯アフガニスタンを支配下に置く目的で戦争を仕掛け、兵器を戦争で大量に消費する。


麻薬生産地帯 の「支配圏」が拡大すれば、その麻薬の売り上げ金の増加で、兵器が買われ、戦争が拡大され、さらに麻薬生産の支配地帯を拡大させる。


さらなる支配地帯の拡 大は麻薬売り上げ収入を、さらに増加させ、その売上金で兵器が買われ、さらに戦争が拡大する。


麻薬販売と兵器販売の売り上げ増進のために、

アメリカ政府が 動いている事実が分かる。


この麻薬と兵器=戦争の「拡大循環サイクル」を、ソフトな言い方では「市場経済原理」と呼んでいる。


これが、21世紀の現代社会の経済原理の正体である。


世界一のアヘン生産地アフガニスタンでは、

昨年2013年には36%も生産量が増えた。


アフガニスタン戦争を開始した、前ブッシュ政権を事実上コントロールしていたチェイニー副大統領に「命令を下し、チェイニーが国際麻薬マフィア・兵器マフィアに逆らわないように、監視役・お目付け役を務めていた」、副大統領チェイニーの首席補佐官ルイス・リビーは、マーク・リッチの顧問弁護士であった。


オバマ政権の閣僚の中にも、

こうしたマーク・リッチの「部下達」は、沢山、入っている。









皇帝マーク・リッチ

http://blog.goo.ne.jp/yamanooyaji0220/e/f227daae2f5053cce9b422dcbb635ac7




◆書籍紹介:ジェフリー・ジョーンズ

「イギリス多国籍銀行史」日本経済評論社


イギリス多国籍銀行史―1830~2000年


イギリス多国籍銀行史―1830~2000年


 

全体で650ページ余りの本書は、英国金融史の書物としては短い部類になる。英国金融史をわずか700ページ未満で概説すると、どうしても説明に 不足を生じる。


例えば、中国で麻薬売買に従事したHSBC=香港上海銀行の母体の1つになった南部アフリカのスタンダード銀行が、南部アフリカで営業していた事は本書で語られるが、それが黒人を奴隷として酷使し、死に追い込みながらの金塊・ダイヤモンド採掘事業であった残虐な歴史については本書では語られない。


もちろんHSBCが現在の中国の中央銀行であり、その専門分野が麻薬売買であった事実も語られない。


それはページ数の問題と言うよりは、著者がハーバード・ビジネススクールの教授であるという「政治性」から来ているのかも知れない。


本書には、米国中央銀行の株式が、その創立当初、英国銀行によって70%所有されていた事実が語られている。


つまり米国金融界は英国の「出島」であった。


英国金融史をたどる事は、つまり米国の金融業界の源流を探り、現代世界の金融の履歴書を探る事になる。


1830年を前後して米国・欧州で次々に銀行が設立され、その大部分は倒産、合併等によって現在は姿を消しているが、


本書で粗述されるこうした過去の銀行の全てが、実はアジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国で住民を奴隷として酷使する大規模農園経営、あるいは鉱山経営を行っていた事実が本書では語 られる。


銀行の名前を考案する事がメンドウであったのか、奴隷農園で生産する農産物の名前をそのまま銀行名とした「ココア銀行」「乾しブドウ銀行」等とい う銀行まである。


まるで現在の日本の「トマト銀行」のようにふざけた名前であるが、「奴隷にココアを生産させて、儲けを分配しますから預金してください」 といった意味なのであろう。


こうして見ていると、奴隷を売買する、人身売買による農園・鉱山経営は、悪質な銀行による「悪行」ではなく、「全ての銀行が行って来た、ごく普通の営業方法であった」事が分かる。


1890年代、東南アジアでゴム等の奴隷農園を経営していた英国チャータード銀行は、中国の銀をマレーシア=マレー半島の港湾から輸出するが、この銀は中国に麻薬を持ち込み売却した利益であった。


英国王室の命令で経営されていたこのチャータード銀行は、やがて南アの黒人奴隷・銀行スタンダード銀行 と合併し、スタンダード・チャータード銀行となる。


そしてHSBS=中国の中央銀行の母体銀行の1つとなる。


こうして金・銀・ダイヤモンド・麻薬が、同一 銀行によって世界規模で支配されるシステムが成立する。


スタンダード・チャータード銀行とは、「英国王室によって世界全体が支配され乗っ取られる銀行」という恐ろしい意味でもある。


奴隷を酷使し、金塊・ダイヤモンドを採掘し、麻薬売買を専門としてきた、現在の中国の中央銀行の「正体」、中国金融の「正体」を、十分察知しておかなくてはならない。


アヘン戦争で主役を演じたこのHSBCは歴史に記録され悪名高いが、同じ1890年代、ベルギーの最大手銀行ソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジッ クが中国に進出し、同様の麻薬事業に従事していた事は余り知られていない。


フランス=ベルギーのロスチャイルド一族である。


この流れが、2008年現在、 中国共産党と一体化したジェイ・ロックフェラー=ロスチャイルドへとつながり、現在の中国での原発・核兵器開発へと継承されて行く。


米国大統領バラク・オバマの資金源である。


世界各地を奴隷化し支配する事業に、こうした英仏に加えて、遅れて参加した英国領カナダが果たした凶暴な役割は注目されて良い。


代表的なのがカナ ダの事業家ウィリアム・マクスウェル・エイトキン(初代ビーバー・ブルック卿)である。


1911年、エイトキンはカナダのノバ・スコシア銀行を買収し、中 南米での「奴隷・バナナ農園経営」に乗り出す。


ユナイテッド・フルーツ(チキータ・バナナ)社であり、今日のCIAの源流となった企業である。


日本との関わりでは、現在、原油生産とサウジアラビアの周辺に位置するアラビア湾岸諸国として、またサッカーでも有名なバーレーンは、


1920年 代までは英国のイースタン銀行の支配下にあり、真珠の生産・輸出を最大の産業としていた。


しかし、日本が真珠の養殖に成功し安価な真珠を世界中に輸出したために、バーレーン経済は苦境に陥る。


バーレーンの天然真珠はインドに運ばれインドで加工され、その売却利益でインド製品が購入され、バーレーンの食料・ 生活物資として流通・販売されていた。


そのためバーレーンの苦境は、そのままインドで商業を営んでいたイラン・イラク地方からのアラブ商人をも苦境に陥れた。


この苦境から脱出するために、既に産油国であったイラン・イラク地方の商人達は、インド資本と欧米資本の力を借りながらバーレーンで原油を採掘し、真珠に代わる原油産業を興すことになる。


このイラン・イラク・インド・バーレーン、そしてサウジアラビアという商業ルートは現在も生きており、今後、核武装したイラン、インドの核兵器が 中東諸国に拡散し、中東諸国とイスラエルの間での核戦争を準備するルートとなる。


このルートが核戦争による人類絶滅に行き着く

第三次世界大戦の導火線になる。


また現在、ロスチャイルドの世界第2位の鉱山会社リオ・チント社との合併を進めつつある、オーストラリア籍の世界最大の鉱山会社BHPビリトン社が、1938年前後、インスタントコーヒーのネスレ社、マーガリンの「ラーマ」等を製造する油脂会社ユニリーヴァと共に、


オーストラリアの産業界の「父」 であるオーストレイシア銀行の傘下にある工業・貿易商社として出発していた事実も、本書で語られている。


ネスレ、ユニリーヴァは共にロスチャイルド企業であり、昨今のリオ・チントとの合併話もロスチャイルド傘下企業同士の「再編成」に過ぎない経緯が見えてくる。


この企業が、今後、日本が輸入する鉄鉱石の

60%を独占支配する事になる。


こうした金融界の履歴書を見ていると、

そこから今後の世界の動きが透けて見えてくる。




◆HSBC 香港上海銀行


The Hongkong and Shanghai Banking Corporation Limited、

香港上海滙豐銀行有限公司。

略称は英語でHSBC、中国語で滙豐銀行


1865年3月にスコットランド人のトーマス・サザーランド(en)によって、アヘン戦争後にイギリス(大英帝国)の植民地の香港で創設された。


一ヵ月後にはイギリスの共同租界が

置かれていた清の上海で営業を開始した。


当時は香港に本社を置き、主に在華外国企業(サッスーン洋行、ジャーディン・マセソン商会、デント商会などのアヘン貿易商社)のインドなどの他の大英帝国の 植民地との間における(アヘン貿易の利益のイギリス本国への送金を含む)貿易金融を扱ったほか、通貨の発行も行っていた。




▼総資産世界最大


現在、HSBCグループは、ロンドン、香港、ニューヨーク、パリ、バミューダの証券取引所に上場する。時価総額規模では、アメリカのシティグルー プ、バンク・オブ・アメリカに次ぎ世界第3位(ヨーロッパでは第1位)。


2006年半ばの業績発表で総資産では

シティグループを抜いて世界最大になった。


 2009年11月におこったドバイ金融危機(ドバイ・ショック)でも、

ドバイに最大の投資をしていたといわれている。




★HSBC銀行(香港)


香港セントラル地区にノーマン・フォスターが設計した香港本部ビル(香港上海銀行・香港本店ビルを参照)を有し、恒生銀行を傘下に持ち約130の支 店やミニ店舗を展開する香港最大の銀行である。


また、1993年までは香港の中央銀行としての役目を持っていた他、現在も中国銀行 (香港)及びスタンダード・チャータード銀行とともに香港ドルを発券する発券銀行としての地位を持つ。


★HSBC銀行 (中華人民共和国)


清国、その後の中華民国の上海を発祥地とする香港上海銀行は大東亜戦争前、上海のバンド地区を中国大陸の本拠としていたが、1949年の中国共産党政権(いわゆる中華人民共和国政府)成立後の1955年にこのビル(旧香港上海銀行上海支店ビル)を中国共産党政権に引き渡した。


(このビルは現在、上海浦東発展銀行本社となっている)。


その後中国大陸各地にあった支店は次々に閉鎖されたが、

上海支店だけは貿易金融や国内送金などの営業を続けていた。


現在はアジア本部を上海の浦東新区陸家嘴(りくかし)

金融貿易区にある香港上海銀行ビルに置く。


2001年には上海銀行の株式を6%取得、2004年には中華人民共和国の中国交通銀行の株式19.9%を取得し近年では中国大陸での営業に注力している。


上海、広州、北京、天津、大連、青島、蘇州、武漢、アモイ、深圳に支店、成都、重慶に代表事務所を展開する。


2010年6月9日、中国HSBC銀行に上海国際金融中心本部を移転した。




★HSBC銀行 (台湾)


台湾HSBC銀行(中国語:滙豐(台灣)商業銀行、英称:HSBC Bank (Taiwan))は台湾の銀行で、イギリスの大手金融グループHSBCホールディングスの一部を成している。


本社は台北市信義区に置かれている。


1984年に第一号店として台北支店が開設された。


その後は8店舗体制にて業務を行ってきたが、2008年3月29日に中華商業銀行を吸収合併し、 同国内では44店舗となった。


新体制発足後、旧中華銀行とのシステムを併用していた結果、既存の8店舗との預金取引等ができなかったが、2008年11月 中旬よりシステム統廃合を完了した。


尚、基隆支店等、旧中華銀行の不採算店舗の統廃合も同時に行い、現在は33店舗となっている。


ヨーロッパとアジア太平洋地域、アメリカを中心に世界76ヶ国に約10,000の支店網を持ち、世界でも例のない、ほぼ全世界でリテールおよび法人向け営業を行う銀行として君臨している。



◆満州国建国


1931年、柳条湖事件に端を発した満州事変が勃発、

関東軍(大日本帝国陸軍)により満洲全土が占領された。


関東軍の主導のもと同地域は中華民国からの独立を宣言し、

1932年3月、満洲国の建国に至った。


元首(満洲国執政、後に満洲国皇帝)には

清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀がついた。


日本は満州に里見甫を派遣し「昭和通商」を設立させる。里見は三井、三菱を背後にした資金力と飛び抜けた商才で、中国の地下経済を支配する青幇、紅幇と呼ばれる秘密結社にまで幅広く人脈を広げ、英国を始めとしたアングロサクソンを排除し、中国のアヘン市場をすべて支配下に置いた。


岸信介は大東亜戦争中、中国大陸で満州帝国国務院に勤務する一方、里見甫の経営するアヘン密売会社「昭和通商」で、


吉田茂等と共にアヘン密売に従事し、

満州帝国建設資金を調達していたのである。



池田勇人、佐藤栄作、笹川良一、小佐野賢治も

すべてそこに携わっていた。


関東軍と昭和通商はやがて

支那大陸全土のアヘン市場を独占する。


軍が居ない僻地にまで日章旗がはためき、其れを目にした日本人が感激したと言いうが、そのひらめく日章旗は、実は「ここでアヘンが買えるぞ」という目印であった。


日本人は歴史や史実を語るときに、麻薬(アヘン、コカインなど)が出てくると、全く日本には関係ないものと考える傾向がある。


普通に日本人がそう言うものとは

関係ないと思ってしまうのだ。


一方、アヘン戦争までして得た市場を奪われ、それに怒ったのが上記英米の王室やアヘン業者である。


この怒りは日本人には想像出来ないほどの大きな怒りであった。

この欧米が独占していたアヘン市場にルーズベルト一族がいた。


日本本土への容赦ない無差別爆撃や原爆投下で

市場を奪われたその怒りがどのように大きかったか表れている。


そこから怨念による大東亜戦争へと派生していく。


この時からすでに米英は、

戦後の日本と日本人の洗脳教育を企てていた。


この関東軍の勢いに乗じて大陸で日本に協力したのが

イスラエル建国を悲願とするアイゼンベルグである。


アイゼンベルグは米国を牛耳るマフィアであり、

武器弾薬の密輸業者でもある。


戦後この「昭和通商」の秘密結社からモサドやCIA、

それに本来の青幇、紅幇という組織が派生していった。


もとは仲間同士の結社であったから、今でも本国の政策とは別のところで太いパイプが有るのは当然の事実である。


大部分のイスラエルの企業は、

日本の八幡製鉄所を手本に創立されている。


かつて日本政府は、八幡製鉄所を創立し、

経営が軌道に乗ると、民間に払い 下げ新日鉄とした。


新日鉄の技術者として、この企業経営方式を学んだショール・アイゼンベルグは、新日鉄会長の娘と結婚し、第二次大戦後、イスラエルを建国する。


アイゼンベルグは世界最強のスパイ組織モサドを創立する一方、イスラエルを代表する、レウミ銀行、ランベール銀行等を創立し、世界から資金を集め、イスラエル国営企業を大量生産し、経営が軌道に乗ると、民間に払い下げ続けた。


イスラエル産業界は、こうして創立された。


全て出発点は国営である。

それは、日本の八幡製鉄所を手本としている。


モサドを創設したアイゼンベルグがCIAを指導した。




イスラエルが建国されたときに、彼のアイゼンベルグ社だけのための『アイゼンベルグ法』が作られたのはそういう意味である。


表には出てこないこれらを抜きにしては、強大無敵の関東軍を語ることも、イスラエルを語ることも出来ない。


モサド創設後、中国大陸で再びアヘン市場を形成しようとした英国サッスーン家のメンバーは、全員ことごとく殺害された。残ったのは『香港上海銀行』だけである。


終戦後の共産党を嫌う者達が、ゴールデントライアングルを形成し、当時世界一と言われたアヘン生産地となる。


この地に国民党軍が居ると言うことはそういうことである。

(現在はアフガニスタンが世界一。)


戦後アイゼンベルグは八幡製鉄で研修を受け、イスラエルの各企業設立の雛形を作り上げた。(正確には八幡の子会社)


これらを大東亜戦争の関東軍を調査する上で無視しては、整合性が取れなくなる事実である。


現在、イギリスの海運貿易業界の最大の企業は、「ペニンスラー・オリエント航海会社」、通称「P.O汽船」だが、この会社が設立されたのはアヘン戦争時で、創始者は、ベアリング家とインチケイブ卿である。 


インチケイブ卿は、

香港上海銀行の主要株主でもあった。


この「P.O汽船」はアヘンを運ぶだけではなく、アヘン常用者の中国人苦力(クーリー)を奴隷としてアメリカに運びこんだ。 

 

1846年には既に約12万人のクーリーが、

ハリマン鉄道の西方延長工事に従事していた。


アメリカの至る所に中国人街があるが、これは鉄道建設工事が終わっても、中国人クーリーたちは帰郷せず、サンフランシスコ、ロサンゼルス、バンクー バー、ポートランドに定住し、地元のアメリカ人たちと大きな摩擦を起こしながらも、中国人街(チャイナタウン)を形成していったものである。


このハリマン 鉄道の親会社がブッシュ家である。


イギリスが、中国での阿片ビジネスで、莫大な富を得たように、アメリカも同じように、中国での阿片ビジネスで、莫大な富を得た。 


そのルーツが、このラッセル商会にある。


1823年に、米国の阿片輸入専売会社であるラッセル社が作られたが、中国の広東で、阿片と中国人奴隷の輸出入を担当した取締役が、ウォーレン・ デラノで、そのデラノ一族は阿片の利益で大統領を輩出するが、その大統領が第二次世界大戦中の、親中反日のフランクリン・D・ルーズベルトである。 

 

ルーズベルト大統領は、中国の阿片・奴隷密売人の

ウォーレン・デラノの孫にあたる。 


これで中国大陸のアヘンを関東軍が牛耳ったことへの米英の怒りがどれ程のものだったか理解出来ると思う。


東インド会社から、グラーバーなどが明治維新を後押しし、日本を近代国家へと導いた。いわば彼らにとっては恩を仇で返されたことになる。


しかし戦ってみて、これほどに強靱な日本人に恐怖心を持った米英や連合国が、徹底的に日本を二度と刃向かわない様にと策略したのが、現在の日本の惨状というわけである。


いかに同盟国と成っていてもその意図は今も彼らは持ち続けている。国連などと名目を変えても、未だに日本を敵国条項から外さないのはそういうことだ。




 ◆ショール・アイゼンベルグ



日本に対する情報工作がどのような形で進められるかをより広い角度から眺めるために、政治、金融面での単なる情報工作の枠を超えた秘密工作の中身を見る必要がある。


それにはイスラエルの誇る一人の人物が携わっている。


その人物の名前はショール・アイゼンベルグ。

極東で過去50年間工作に従事してきた億万長者である。


彼はイスラエルのためだけではなく、

アメリカ の情報組織のためにも働いてきた。


事実、アイゼンベルグは極東での米・イスラエル共同作戦の橋渡しをする重要人物の一人だった。だが、彼の活動や事業は極東にとどまらない。


これから見るように、アイゼンベルグの世界を股にかけた行動力は、国家や文化といった彼のアイデンティティーを超えたもので、静かなる 「へンリー・キッシンジャー」 とさえ言うことができる。


1940年に来日した彼は、

日本財界の大物の一人である永野重雄氏と出会う。


永野氏は新日本製鉄の創始者で、

戦後における日本経済の復興を指導した人物である。


戦時中アイゼンベルグが何を行っていたかについての記録はないし、彼もそれを明らかにすることを拒んでいる。


だが終戦直後、永野氏との関係を通じてアイゼンベルグは、当時の日本で大手としては唯一の金属と武器のスクラップ会社を設立した。


アイゼンベルグは日本国籍を有していた。


アメリカ進駐軍当局は、占領下の日本人がある種の事業を始めることは禁じていたが、アイゼンベルグに対してはそれを全く自由に始めて良いと認めた。


彼が一大事業集団を築き上げることになった手初めの大プロジェクトは、オーストラリアとフィリピンから鉄鉱石を買付け、それを日本の鉄鋼メーカー、とりわけ新日本製鉄の前身である八幡製鉄に売るというものだった。


彼の事業は急拡大し、また日本の製鉄業界と進駐軍双 方に持っていたコネを通じて、アイゼンベルグは日本財界による戦後初の訪米を計画た。


彼はアメリカ政府との交渉においては

日本の製鉄業界を代表して事に当 たった。


この訪米旅行に際し、アイゼンベルグはスクラップ金属事業と軍事機密を扱う事業を興し、それらを統合した。


彼は帰国後は、進駐軍当局向けに台所の 流し台から浴槽まで様々な家庭用品をつくる工場を三つ建てた。


また彼は、事業拡大とともに

日本国内での政治権力をも手にするようになった。


日本人が独立し た力を行使できないような場合には、

アイゼンベルグが大抵その肩代りを行った。


そういう中で、アイゼンベルグが一躍世界的なビジネス・コネクションを手に入れるきっかけとなったのは、イギリス政府が同国の国有会社であるインぺリアル・ケミカル・インダストリーズ(ICI)の日本での代表者として彼を指名したことだった。


イギリスの大手国有企業の例にもれず、ICIもイギリス情報機関の秘密工作やスパイ活動に利用された。


アイゼンベルグがICIの仕事をすることに なった時、イギリス情報機関は日本国内での活動にはある程度の歯止めをかけた。


というのも、ダグラス・マッカーサー将軍がイギリス人や彼らの情報活動に対 し終始敵意を抱いていたからである。


戦時中、マッカーサーはイギリスのアメリカ国務省への政策介入を非難したことがあったし、戦略事務局(OSS)がつくられた裏にイギリスの意図が 働いていたとして、南西太平洋地域での軍事作戦にOSSが介在することを拒否した。


日本の情報記録を調べてゾルゲ一味の背景と実体を暴いたのも、マッカー サー配下の軍情報部だった。


マッカーサー側近の軍情報将校だった人によると、その関係者の中にショール・アイゼンベルグという名前が挙がったことがあった が、彼の件は常に不問に付されてしまったという。


アイゼンベルグだけを他から切り離すことによって、アメリカ政府筋はアイゼンベルグの日本での事業をさらに拡大し、韓国にまで展開する途を開いた。


実際、彼にとっては韓国の事業拠点の方が日本の拠点より重要になった・アイゼンベルグが最初に韓国に行った時は、オーストリアのパスポートを使っていた。


彼はオーストリア人ではなくなっていたのだが、「ユダヤ人」 と言われることを恐れて義父が彼のためにオーストリアのパスポートを用意してやったのである。


1950年代、60年代にわたって、アイゼンベルグは原材料の手当や資金調達に自分が持っている南米コネクションを利用し、それによって極東にお ける自らの帝国拡大を図った。


彼の大がかりな帝国の中枢となっている企業は、1960年にパナマにおいて設立されたユナイテッド・ディべロップメント・ コーポレーションである。


当時の彼の事業は、電力、製鉄、鉄道、電話、セメント、繊維、化学、潅漑、コーヒーの各分野にわたっていた。


また彼の事業は約40ヵ国にも及んでいた。


アメリカにおける彼のコネクションは、シオニスト・ロビーの大物たちが関係する金融ネットワークに及んでいるが、その中でも鍵となる人物は、フィリッ プ・クラツニックである。


フィリップ・クラツニックは、アメリカのシオニスト・ロビーの中でも最も力のある人物の一人である。


彼はカーター大統領の下で商務長官を務めたばかりではなく、ブナイ・ブリスとADLを今日のアメリカの社会の中で最強の組織に変身させた人物でもある。


ブナイ・ブリスの会長を20年間務めた後も、シカゴに住むクラツニックは、企業や金融機関とのコネクションを通じてティッシュ一族と同等の力を依 然有している。


シオニスト・ロビーがアメリカの政治を締め付ける力を強固なものにすることができたのは、カーター政権時代のことだった。


クラッニックは、 ソル・リノヴィッツをカーター政権内に招き入れた。


リノヴィッツは、クラツニックとアイゼンベルグの友人であるだけではなく、彼らの仕事上でのパートナー でもある。




★見えざるユダヤ組繊の網


個々の人物たちのこうした強力な結び付きは、単に強いコネを持った人たちが存在しているというだけではなく、世界中に及ぶ巨大な組織の存在によって裏打ちされているということである。


カーター政権の財務長官だったウェルナー・マイケル・ブルメンソールという一人の人物がいる。


中国の上海で育ったブルメンソールは、

ナチから逃れ たドイツ系ユダヤ難民の1人である。


今日、ブルメンソールは、ミシガン州に本拠のあるべンディックス・コーポレーションのトップであり、今も国際通商政策 を陰で操っている。


彼が上海にいた時、アイゼンベルグとは親しい友人の間柄だったのではないか、という質問については2人ともそれを否定する。


だが、2人 が同じような経歴をへていることと、互いに密接に関係するようになっているという事実は、何かがあることを示唆している。


個々の人たちがこのように結び付き、政治的経済的連携を図ることができたのは、ロックフェラーやロスチャイルドの後ろ楯のおかげである。


彼らの情報活動の拠点は、

今日でもアメリカ、イギリス、イスラエルの三ヶ国である。


アイゼンベルグ、クラッニック、リノヴィツといった人物からなるこの人脈ができたのは、単に運が良かったからとか、ロスチャイルド家の支援があっ たからというだけのものではない。


これには、もう1人の不可解な人物、ティボー・ローゼンバウムが果たした役割が大きい。


彼はハンガリー出身のユダヤ人で ジュネーブに

スイス・イスラエル貿易銀行を設立した。


ロスチャイルドが3分の1を直接出資していたこの銀行が、スパイ工作の隠れ蓑として利用されたアイゼ ンベルグの数多くのハイテク企業に資金を供与したのである。


スイス・イスラエル貿易銀行の役員に

アブラハム・ファインバーグが名を連ねている。


彼はイスラエル建国の際、シオニズムの主流を占めた軍事組織であるハガナを支援したアメリカ人グループの代表だった。


また、役員としてフィリップ・クラツニック、デヴィッド・グラヴィエの名前もある。グラヴィエは極 めて示唆に富んだ人物である。


★利用された「パキスタンの核」


1960年代にローゼンバウムが設立したスイス・イスラエル貿易銀行の別会社として、もう一つの銀行が設立された。


それを動かしたのがクラツニッ クと、アルゼンチン生まれのユダヤ人デヴィッド・グラヴィエだった。


このもう一つの銀行は、アメリカン・バンク・アンド・トラスト(ABT)と称した。 CIAとモサドが所有するこの銀行は、麻薬の利益の洗浄(ローンダリング)を行う機関であった。


彼らのビジネスの相手だったショール・アイゼンベルグは、そこで借受けた資金をいくつかの秘密プロジェクトのために使った。


そのプロジェクトの一つが、パキスタンでの原子力発電所建設であった。これによりパキスタンは原爆用の材料を得ることができるようになった。


1970年代に 「イスラムの核」 が大きな話題になったことがあった。


ガイス・ファラオンというエジプト人と、その仲間のロジャー・タマラズというレバノン人の2人が、アイゼンベルグとブ ロンフマンになり代わってパキスタンとの取引に当たった。


この取引にはカナダ政府も絡んでおり、同国政府はカナダ型重水原子炉の輸出認可状をアイゼンベル グの会社に交付していた。


この取引を受けて、アメリカ人とイスラエル人からなるこのような人たちは、パキスタンが原爆を開発しつつあると叫んで一大宣伝を 開始した。


だがこのキャンべーンの狙いは、パキスタン人が原爆を手にするのを阻止することではなく、イスラムや第三世界の国々による核兵器開発技術の入手に 反対する世論を世界中に起こすことだった。


つまり、国情の不安定なイスラム国家が原爆をつくる目的でそれに必要な技術を手に入れようとするのを、「文明」 諸国が見過ごすことなどどうしてできようか、という世論を巻き起こしたかったのである。


彼らは結局のところ、そんな国の原爆開発に手を貸してはいけない、 という見本にパキスタンを仕立てたのである。


つまりアイゼンベルグたちがパキスタンの原子力発電建設に手を貸した際密かに狙っていたのは、アラブやイスラムのどの国であろうと原子力技術に手 でも出せば、即ちそれが西側の利益にとって 「脅威」 となるという風潮を生み出すことであった。


またパキスタンで原子力発電計画が持ち上がったその時に、当時の大統領ズフィカル・アリ・ブットがより過激なイ スラム原理主義者の手で倒されたことも思い出してみるべきである。


へンリー・キッシンジャーは、パキスタンが原子力エネルギーを持つことを望んでいるとし て、ブットを公に攻撃していた。


そして1981年6月にイスラエル空軍がイラクの原子炉を急襲したときに、このパキスタンの 「事例」 が再確認されたわけである。


★ノリ工ガだけが悪玉か


アイゼンベルグがラテン・アメリカに最初の本格的な会社を設立したのはパナマにおいてであり、それは1960年のことだった。


そしてパナマでトリ ホスが暗殺された後その後釜に座ったのが、今やその座も追われてしまったマヌエル・ノリエガだった。


ノリエガは日本の協力を得て第二パナマ運河を造ろうと していた。


事実、1980年代初頭に、駐日パナマ大使が新日本製鉄の最高首脳だった永野氏を訪ねてこのプロジェクトに対する支援を申し入れている。


だが、 このプロジェクトが大きく前進したのは、ノリエガがニカラグアのコントラ支援をアメリカとイスラエルから求められ、それを呑まされた時のことであった。


その際、ノリエガはイスラエル情報部の工作員であったマイク・ハラリと親密な関係を持つようになった。


ハラリはノリエガの顧問になった。


ノリエガが第二パナマ運河計画の達成を望んだにもかかわらず、ハラリや彼のイスラエルとアメリカの友人たちは、


コントラの援助資金を調達するために麻薬を扱うアイゼンベルグの組織を築き上げ、マスコミはヒステリックな反ノリエガ・キャンペーンを張り、彼に 「麻薬王」 のレッテルを貼ってこれを葬ろうとした。


そしてブッシュ政権はノリエガを引きずり下ろしてしまったが、ハラリとその仲間の工作員の方は見逃した。


日本の提案によるノリエガ政権下での第二パナマ運河建設が、建設資金のみならずそれに必要な技術供与についてもこれを行うことで


日パ両国間の合意が成立した後になって、アメリカとイスラエルによって阻止されたのは不思議ではなかろうか。


アイゼンベルグの活動に対する資金援助の構図をさらに幅広く辿っていくと、一味のリストの中にもう一人の金融界の人物の名が挙がってくる。


その名 はエドムンド・サフラ。


リパブリック・バンク・オブ・ニューヨークのオーナーであるとともに、アメリカン・エキスプレスを買収、顧問の一人にヘンリー・ キッシンジャーを招き入れた人物である。


サフラは、シリアのアレッポで

生まれたユダヤ人で、ブラジルで成長した。


彼は自分の銀行であるジュネーブ貿易開発銀行を通じて

アメリカン・エキス プレスを買収した。


サフラはアルゼンチン出身のいかがわしい銀行家デヴィッド・グラヴィエに融資を行っており、


またアメリカン・エキスプレスが投資銀行の シェアソン・リーマンを買収する際には、ジョン・サムエルズを自分の手先に使っている。


サフラをもともと支援していたのは、イスラエル・ディスカゥント銀 行のオーナー、レカンティ一族である。


サフラ、ブロンフマン、アイゼンベルグ、クラッニック、キッシンジャーは同じ組織に属する仲間である。




(注★池田大作はノリエガ将軍に、麻薬取引の資金を提供していた)

http://www.e-net.or.jp/user/mblu/ndb/skbk1/sg1/media/mayaku.htm


1979年までに彼は中国政府の最高幹部との関係を取り付けるのに成功し、その結果、中国で15件の大がかりなプロジェクトを成約することができた。


こうしたコネクションによって、

アイゼンベルグは北京飯店に事務所を構えるに至った。


彼は同ホテルの最上階の3フロアーを占有し、

そこでビジネスを 展開している。


また彼はもう1人のアメリカ人実業家、アーマンド・ハマーとの間でいくつかの合弁事業をも行っている。


ハマーは、彼らの人脈の中でも重要な 役割を果たしており、一貫してクレムリンとの関係を保ってきている。


その一方で、アイゼンベルグは銃などの小火器類とハイテク武器の開発製造につき、中国共産党政府と合弁契約を結んでいる。


この事業を実行するため に、彼は日本の商社を真似てアジア・ハウスと称する自分の商社を1979年に設立した。


この事業を指揮する拠点は、テルアヴィブ郊外のサヴィオンに置かれ、アジア・ハウスのニューヨーク支店は、39番街東4番にあるアイゼンベルグ所有のビルの中に置かれている。


東京、チューリッヒ、ロンドン、マニラにあ る賛沢なアパートや建物、そして自宅を彼は連絡事務所に使っている。


北京飯店にある住まいを拠点に、アイゼンベルグは中国人と組んで中距離ミサイル技術をぺルシャ湾岸のアラブ諸国に売っている。


イスラエルは共産中国が持っている対アラブコネクションを利用することができれば、これらアラブの国々を監視できるばかりでなく、必要とあらば鍵となる技術を送り込むことさ え可能となる。


そして、皮肉な事実であるが、これによってイスラエルにはこれらアラブの国々にどう対処していけぱ良いかが分かることになり、西側にとって みればイスラエルはどうしても必要な存在になってくる。




★フィリピン、マルコス失脚


どうしても必要な存在であること、このことはアイゼンベルグの組織がCIAおよびフィリピンの債務の引受人であるアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)と一緒になって、1986年2月にマルコス政府の転覆を企てたフィリピンにおいても見られる。


いわゆる民主主義の旗の下、国務省・CIA・イスラエルからなるグループが、政権内部の人間を使ってマルコスの引きずり下ろしを目論んだ。


フィリピン国内の隅々にまで浸透した腐敗は

誰の目にも明らかであった。


だがフィリピンは実は民主主義を打ち立てるためではなく、貸し付けた資金の回収をより容易に行うためにこのグループが体制の変革を企てようとした最初の国にすぎなかったのである。


アメリカが立てたコラソン・アキノ大統領は、

マルコスに比べて操りやすい人物である。


AIG社は今もフィリピンの債務保証人だが、

この会社の経営 者はモーリス・グリーンバーグという。


元CIA次長のボビー・レイ・インマンによると、グリーンバーグは当時CIA長官だったウィリアム・ケーシーと殊の ほか親しい間柄だった。


ケーシーはニューヨークとロンドンの金融勢力のお気に入りだが、これら金融グループがフィリピンに資金を貸付けていたことが、マル コスの追い落しにつながっている。


フィリピンにも拠点を持っていたアイゼンベルグとグリーンバーグは、マルコス打倒に必要な資金を提供した。


この打倒計画は比較的容易なものだった。


というのも、マルコスの友人たちは私兵を抱えており、その私兵を訓練したのがイスラエル人だったことから、もしアキノによるクーデターに抵抗する者があれば、イスラエル人がアキノ女史の側に寝返って、彼らの知り得た秘密情報や手の内を明かしてしまうということも有り得たからである。


アジア帝国建設の原動力は、「逆らう人間を全て殺害し口封じする」、アイゼンベルグ一族の「殺人株式会社」であり、スエズの水事業の共同経営者ビヴェンディを経営するカナディアン=イスラエル・マフィアの殺人者集団ブロンフマン一族である。


第二次世界大戦後、中国大陸に残ったロスチャイルド一族の者達は、アイゼンベルグによって皆殺しにされ、中国の麻薬市場を奪われた。


ロスチャイルドは何一つ、反撃が出来なかった。アイゼンベルグの前では、ロスチャイルドは「小さくなって震えるだけである」。


世界には、いくら多額の金を積んでも「決して言う事に従わない」人間も居る。思想・信念を持つ者は、金では動かない。


しかし「決して言う事を聞かない」

人間は、殺害し口封じすれば良いだけである。


世界を動かしているのは金の力では無い。どれだけ、たくさんの人間を平然と殺害出来るか、が「問題を解決する」。


世界を動かしているのは、ロスチャイルド等の富豪の資金力などではなく、人間を平然と大量に殺害する殺人集団である。


ショール・アイゼンベルグ亡き後イスラエルに本拠を置くこの『アイゼンベルグ社〓ローズ社』を引き継いだ現在の当主の母親は日本人である。


スイスに本拠をおくマーク・リッチの娘と結婚し後離婚はしたが、今も姻戚関係として強い結びつきを持ち、その影響力はますます増大を続けている。


ロシアを牛耳るロシアンマフィアと米国を牛耳るアメリカンマフィアの合体したイスラエルの殺人請負・核兵器武器販売企業がプーチンとオバマを配下として世界を牛耳っている。




この裏の世界を知らずして

世界の情勢をいくら眺めても何の意味も持たない。


日本の原発の警備が、なぜイスラエル企業によって

行われているかを知るべきである。


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